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心にもないお世辞を言えるようになれば、人生が開けることも

いい年をして、「私はお世辞が言えないタチでしてねぇ」なんていうオヤジがいます。お世辞が言えないのは良心的な証拠、だからわたしはいい人、という三段論法で自分はまともな人間、信用するに足る人間であると、アピールしているつもりでしょうが、そんなことは自慢になりません。

お世辞のひとつも言えなくてどうする。人の心がまったく分かっていないだけです。

なぜなら、人は、ウソでもいいからお世辞を言ってもらいたいし、ほめてもらいたい、あるいは、ちやほやして欲しいものです。

大臣も学校の先生も医者も弁護士もサラリーマンも職人も野球選手も力士も主婦も、この点は同じです。
だから、徹底的にお世辞を言うのもひとつの処世術。

これぞといった人に対しては、お世辞を言って言いまくればよいでしょう。
たとえば、イバりくさってニコリともしない人に向かって、何でもいいからほめ倒せばよいでしょう。

「今回の業務提携、見事な決断でしたね」とか、「いつも洋服のセンスがすばらしいですが、今日のスーツは、とくにシックですね」といった調子で、でまかせでもいい。



相手から、「あなた、くだらんことを言うな」といわれるかもしれませんが、少しでも笑みが浮かんだらこちらのもの、イバりくさった相手があなたに心を開きかけている証拠です。


自分で言って自分が恥ずかしくなるような、見え見えのお世辞をいってみたらいい。

「課長は近い将来、わが社の幹部になる人です」なんて。
このお世辞、ヨイショしまくり処世術、これと狙い定めた相手だけに限らず、接触する誰に対しても見境なくやってみるのもひとつの方法です。

ほめ倒したときの反応は人によってさまざまで、その反応によって相手の人柄が多少とも見えてくるものです。
そして、それをきっかけで、仕事がまとまったり、女性といい仲になったりしたら、これは拾い物。こういう成果に味をしめると、もうやめられなくなるものだ。






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